感謝と収集癖とラブレター。
2006年11月27日

収集癖。
料理に関するものならなんでも楽しんでみてしまう、読んでしまう。
これ病気
わかっていてもやめられない。
たとえば朝のはなまるで料理の特集がやっていたら、チャンネルそのまま。
基本的にテレビそのものには興味のない人間なんだけど(好きな作者の読みたい気分の本を読むほうが
無駄なく幸せ。)豚肉特集だ、茸だ、結構頻繁に料理のネタが放映されるからついみてしまう。
専門的な料理本じゃわからない楽ちん技の宝庫だからね。
あと最近じゃ「しけたどこぞのおばさん」。じゃなくて有名シェフがバラエティーに出てくれるようになって信用もできてシェフの個性と魅力もかいまみれる。
もちろん彼らにとってはおこずかい稼ぎと知名度やらの理由ででてるんだろうけど、。
それにしたって見る価値はある。
旅行番組、これにはその土地の名物やら市場やら料亭、旅館がつきもの。(終盤にね。)
あとはその他の料理番組。バラエティーにおおくある。
日本人は美味しい物がとてーもすきな人種なのね、全般的に。
だから驚くほど料理、食材、飲食店めぐり、、をベースにした番組がたくさんありますね。
美味しい物を食べるのは「人を良くする (食)」の大切なポイント。生きてく中で抜きにできない3原則。
史は胃袋的事情から一日2,1食と、はずかしながら 困った食生活だけど。。
変な物食べるとおなかいたくなるし、お腹一杯になると(食べる物によるけど)かるく1日くらいはおなかがへってくれないんです。
だから一食の気合と欲望はひとの3倍。って勝手に解釈。
史がチイサカッタころ (体は小学6年生からかわっていないが、メンタル&年齢面で。)
高校くらいからかな、婦人公論を読んでいました。ただなんでも読み物が好きだ、って理由もあるんだけど
たいてい料理の記事と季節によってお取り寄せ特集など組んでたりして、こだわりのおいしそうな食材、商品がよくのっていたから。
だからママが読み終わった「おばさん雑誌」を愛読し、料理に関係するものすべてをスクラップしていた。
ただの趣味です。でもそれによって沢山知識を得れたと今思います。
それから本格的に料理の世界に足を踏み入れていくにしたがって情報を得る場所がもっと特化していったんですね。専門○○だとか、いろんな料理本。
それまでは家庭料理のカリスマ女性達が出版する本を買っていたんだけど、19になったころから
「かっこいい本物」に傾倒してゆきました。あこがれでした。大好きで尊敬するシェフの出す本を買いあさりました。
イタリア人シェフ、フランス人シェフのイタリア語フランス語の本とか沢山。
読むために辞書を買って、引いて引いて解読。そのおかげでイタリア語、英語、フランス語、スペイン語をかじってほーんの一部で浅い浅い知識だけど身につけることができた。
勉強にはまったく興味がなく、みんなが受験勉強していた時史は先生と両親に
「板前さんになりたい」といって迷惑かけて塾は嫌いだから変わりに「好きな本を読む」って本ばかり読んで全く勉強しなかったけど、、
弱点(限度がわからない)、というかすばらしい事に、料理にたずさわるといくらでも勉強できる。
そのため。って思ったらなんでも学ぶ。
どんだけすごい原動力をもっているのだろうかね。
ただ史がすきだからこそ、なんだけど、料理は麻薬。
だってちゃらんぽらんでだらしない史を、中高時代でも、キャンプにいったら「料理長」
英語とアメリカなんてサラサラ興味なしの史にアンだけ勉強させたのもCulinary Art という料理のコースを選択して、日本人だけど、英語しゃべれなかったけど、認めてもらってちゃんとやりたかったから。
こうやって思うのは、人間は好きな事を好きなようにやればいい。ってこと。
ヒトから強制されて素直に動ける人じゃないスーパー天邪鬼な史だって、こんなに一部では一生懸命に楽しくなれるんだもの。
それまでの史の素行に接していた人、見てきた人にはうなずいてもらえると思う。
いまさら以前はあーでした。っていう文はかきませんけどね。
勿論料理をしていくにあたって(愛しているからこそ)たーっくさーんの挫折をあじわったけど、でも、まだ好きだもんね。
「史はなにになるの。」とか「あなたはどなたさま?」って質問されたり馬鹿にされたりもするけど
昔だったら傷ついて泣いちゃうくらいイタイ言葉も、最近は
「史はなりたい史になる。」
でかたせちゃうようになった。
本当に料理によってそだてられ、生かされている。(あとは甘い甘い史の家族と、勇輝と、友達と、一緒に働く料理界の方々。)
勉強面では向こうでは外国の本が安くかえたから買いだめしたり、逆にアメリカにいる3年間は日本料理のほんを日本の本が集めて売っているUSEDの本屋さんにいってかったりシアトルの「宇和島屋」でかったりね。(この店はたとえばヤオハンみたいな店っていったらわかる人はおおいかな?)
イタリアに旅行にいったら洋服よりもブーツよりも料理本がほしかった。
働いてきたお店のメニューもダイタイ集めてたし、一緒に働いた板さんからその店のいままでの献立や、割り表をコピーさせてもらったりしてきたみたい。
毎日メニューを変えていたイタリアンの小さなお店ではほとんどホールの仕事だったけど、ワインと接客の勉強をしつつ店のオーナーの女性と毎日メニューをしこしこコピーしては、前の日の捨てるメニューをもらってかえってきていた。
イローんな自分がしてきた行動を冷静にあげてゆくとやっぱりただのオタクだな。っておもいます。
でも何度も引越しして沢山物を捨ててきたけど、初めて働いたときのやくにたたないメモ帳やいろんな店のメニューは捨てられず宝物になっていっしょにお嫁きた。 そん時の気持ちを音楽で思い起こすってよくあるけど、それ以上に、そん時もらった手紙みたいに
ばーって思い起こす、その時の自分と環境、一緒にいたひと。(恋人とかじゃなくて一緒に働いていた
と)
料理の魅力は今日は触れません。終わらなくなりそうだからね。
こんなに効率ばかり考えてるメンドクサガリな史が唯一無駄バッカしている料理と人生のちぐはぐ歩き。
面倒とおもわず、その前に行動しちゃうのが本気だよね。
恋も愛も一緒。
なんかオッきい話になってきちゃった、。すみません。
でも史は料理に成長させてもらっていきてきたからごちゃ混ぜになっちゃうんです。
今回は料理すべてにラブレターみたいに思いをただかいちゃいました。
一生消えないから一生楽しんできます。
なんでもない史だけど、実現不可能か?っていう料理に携わる「夢」を持ちながら日々の目標を生活と一緒にいきていきたいと、そう思ってます。
まだ自分の生涯のなかで実現したい料理と社会の関わり方を文に書けるには至らないので
いけるかな?どうだろな?って思えるようになったら
いつか
その夢ってやつを書いてみたいと思います。
家族(生まれたやつ、つくったやつ)、友達、猫(特に一緒に生きた家の猫、家族だね、死んじゃったのも)と料理で史はだいだい満足の死ぬまでハッピー
です。
以上料理と史が生きてくのを助けてくれてる人々への感謝状でした。
アツクテすみません。どうも歯止めがきかなくて、、。
レシピなしの、はなまるを傍目にみながら思いついて書いちゃった文でした。
おつかれさまでした。
かつおはいつかけるんだろ?
かつお君はなかなかむずかしくってまだだめだなーって思ったからなんか書くのに抵抗があるみたいね。
また挑戦して、気持ちよくおろせるようになったらかこうかな。
ではまた。
ありがとございました。
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