寝入れぬ夜の世迷言。
2006年12月10日
注※ いのぶた は 祈る野生のぶた と いのしし をかけての命名です。
母さまから指摘のコメントがありましたので、訂正文をひとつ。
鯛めしの文で鯛めしを焼く前に「鯛を焼く」ってポイントがどっこり抜けておりました。
当たり前の行程と思って忘れちゃっていたんだけど、忘れちゃならなかったですよね。、
すみませんでした。
塩を全体にふって弱火で焼き目がつくぐらいに両面焼いてください。
お店では尻尾が焦げたりおれたりしたら商品にならない(使えない)のでしっぽには
かなりきつめに塩をしますが、オウチでは一匹二匹の話。普通に焼けば問題はないでしょう。
生で炊いたらどうなるのだろう?ってそれから考えましたが、推測するに
・でかい鯛の場合、火が通りきらない可能性がある。
・仕上がりの鯛の美しさ(焼き目がついていたほうがなんとなく綺麗かな?)
・焼くことででる風味と旨みがゴハンに染み込むように炊いているとき反映される。
・鯛の身自体に味がはいる。
・焼くことで味と旨みが鯛の身自身にキープできる。
・「ゴハンを炊く」にあたって、鯛の火の通り具合まで気にしていられない。
とこんなかんじでしょうか。
夜中(早朝)の勝手な推測なもので信憑性は薄いですが。。
科学じゃなくて家学?問題→研究→実験→立証→レポート・・・みたいな感じ
そういやぁ、史は化学式はさっぱり解んなかったし興味もなかったから勉強しなかったけど、科学の実験は結構好きだったな。フラスコの絵を影いれてリアルにかいたり、 無駄な事だったんだけどね。でもあの絵だけでかなり成績は救われたはず。
疑問→考える→試す→結論。 って自分の世界の中での方程式をつくるのが楽しんだね、きっと。
それが、気にしてくれている人々に伝わったり、100%の方式では絶対ないけど、自分なりに分析と追求した結果を手にいれると、浅はかですが、、なんとなく安心して次に進める気がして、誰からの許可もなく、邁進しちゃってます。
だめ!っていったらもう終わり。
でも100%悪い事なんてそうないと思うんだ。物事って連鎖しているから。なんらかの原因と起因があって、流れていく流れの中での 出来事だったり判断だからね。
20歳くらいまでは 現実の「こうしなきゃいけない!」ってルールは全く理解できなかったし、悪いことしても反省はおろか罪悪感すらかんじれなかったわたし。
現実はこうである。って絶対的な意見とか価値観に全身全力反発していた。
自分は「宇宙人」というカテゴリーに当てはめて、やっとこさ地球で平和にくらせるなぁ って思って10年くらい生きながらえた。
自分は不出来の天邪鬼っ子だったから両親はそうとう苦労して、何100回泣いてくれたかわかんないけど、リベラルでフランクで愛情タップリな親に育てられても出来の悪い子はなかなか親の気持ちはわからない。でも、おおきくなって、親元をはなれて、少しだけ地球人に近づいてやっとわかることもある。あの時あの人がああいってくれた言葉、、とか。
結論・・色んな当たり前がわからない人間ほど時間がかかります。その時点で悪い、駄目!って決め付けて判断しちゃったらそこで時間は止まってしまいます.
(私は親が甘かったから、姉の彩ちゃんが守ってくれたから、良い友達に、良い人々に恵まれたから)今、こう感じて生きていられています。
が、世の中はそんなにあまくはないと思います、日々のニュースをみて。
史は浅はかな人間でありまして、直ぐに「白黒はっきりしろ!」って思う淡白な性格ではありますが、逆に自分が生きさせてもらった環境は、常にグレーソーンを、用意してもらっていた気が します。
「一般的には駄目と思うけどしっかり考え、感じなさい」」ってね。 それは価値観はおしつけないけど感じながら考える必要性を暗に指摘して頂いていたんだと、今はおもいます。でもあんまりひどかったから高校生の時は大批判を幾度も食らったけど。地元ちゅうに響き渡る口論。とかね。( ほんとすみませんでした。)
短絡的ではあると思いますが、
たとえば・・・
今の世界と現実に苦しみと憎しみと諦めを抱いている方、凶器として。ではなく、人を笑わせて幸せにするために包丁をもってみてはいかがでしょうか。史が人をどうこうしたいって気持ちあって包丁に向かったわけでは勿論ないけれど、、作る作業の中で体(労力?)と気持ちがはいっていたら乗り越えられる弊害は蹴散らせちゃうくらいの力にやってる間、そのウチなります。美味しいものを作り、食べてもらうことで得られる幸せは絶大です。
人を傷つけるのではなく、人を喜ばせるための刃物も存在するのです。
切れる包丁は、厨房では聖剣です。そこから美しい剥き物や、美しいお造りや、、分刻みで生まれて行きますからね。(たとえば、切れない包丁でねぎを打ったら切りにくくて時間はかかるし切り損じのねぎは繋がるし繊維は潰しちゃうし、日持ちもしないしね。)
自分の至らなさを耐えてくれる人への感謝が出来なかったら解らない感覚と同じく、
食材への敬意と道具への感謝なしに料理を作るって幸せはかんじれないんです。
なにを言いたいのか、自分でも意味不明になって参りましたが、今、悩んでいたり 困って苦しい状況にあったとしても、多くは時間と自分の意思が解決の糸口になっていく。と信じなきゃって思って生きていくのが、幸せへのとっかかりなんだろうな。
と、そう思うのであります。
だから史は、出来損ないの不良娘は、なんとか「まあ、いいんじゃない?」もしくは「調子良いそうだけど続けられないんじゃない?」」みたいな感想を受けつつも何とか自分が抱く幸せ。を形にしてゆきたいと妄想と夢を抱きつつ、この世界に少ーしいさせてもらって、ひかげからやんややんやとイチャモンをつけていこうと、思います。
生きてて良い。
いまの現状は兎も角、人はみんな生きてるだけで人を幸せにする(死んだら悲しい)。これが根底です。
史が生きることを前向きに考えられるようになったのはその言葉を周囲の人々がヒツコク言ってきれたから。それに感謝するのだったらその人たちに恥ない様生きていくしかないですからね。強くならなきゃ。
くさい話になりましたが、なんとなく。
また朝方で眠れず寝そびれ、酔いそびれで変なテンションで書いてしまいました。
支離滅裂意味不明ですがおいおい訂正、謝罪文を書きます。
じゃあね。おやすみ?おはよう?
お疲れ様でしたー
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