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FUMI
半端流離料理人
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生み出すこと。 はじまる と はじまり。 

2009年4月16日

抱き合って眠る銀之助と足袋。

IMG_0950.jpg3月の27日から8日まで、ベトナムに行ってきた。セーコちゃんと二人で。
旦那様たちと猫達を残して。

旅行ではなく、仕事?で。

ボランティアは仕事だろうか、〜のために〜をしてはいるが、決まった規則もないし
お金をもらえるわけではないから、ね。でも、遊びではないのです。ここ何年かの中で
久しぶりに出力95%で頑張った。

通っている歯医者さんにベトナムに行くので2週間は治療にこれません。といってら
「いいですね〜旅行ですか?」と言われ
見栄っ張りのえーかっこしーの史は

「いいえ、仕事でいくんです。」

といってしまった。つい。
飲食一本でずるずる働いていた史は出張の経験がない。
仕事で海外。
みたいな、こじゃれた自分に憧れ、つい嘘のような、でも嘘ではないけどすこし恥ずかしいような。。。


事の発端を簡単に。

彩ちゃんは, フエで、恵まれない環境に生まれそだっていく子供達を少しでも豊かに幸せにするためにボランティアで下記のプロジェクトを運営している。
http://huehappyprojectjp.blogspot.com/ 

以前は数人で活動していたのだけれど、帰国してしまったりして今は彩ちゃん一人でベトナム人のボランティアや協力してくれる人々に支えられ日々奮闘しているのです。

そんな彼女が去年の10月頃、一時日本に帰国した時に ここ1年でめっきり仲良くなった史のお友達の聖子ちゃんと出会うことになった。

バックのデザイナーをしていて、でも最近は鬼のようには仕事をしていない聖子ちゃんに彩ちゃんは感激して
「是非、なにか。を作って欲しい!」
とお願いしたのです。

だいぶ漠然としたお願いだったのだけれど、ようはフーヒップにいる子供達に作らせるアイテムを考えて欲しい。 ということで。 
これらはいままではビーズで何かを作ってそれを基本的にはdonationのノベルティーとして寄付してくれる人達に送ってた。、子供達に作らせて、一ついくら。とおこずかいとして彼らにいくらか支払っていた。

                               子供達が作った ビーズのアイテム 
P1100035.jpg

彩ちゃん曰く、フエはあまりなにも手に入らない小さな都市で、ビーズのアイテムをつくるにも、ハノイやホーチミンまで買い出しに行かないと手に入らないので、フエで入手出来るものでなにか新しい物を作りたい。けど、モノを作り出すのは苦手なのでずっとビーズに不具合を感じつつも現状維持をしてきた。とのことだった。

日本でプロダクトアイデアを出し、それをベトナムのフエで入手できるものにし、ノベルティーだけでなく商品として販売できれば嬉しい。材料費は日本の物価の何分の一だから、現地で似たものが調達できるなら少しでも多くの利益を出せる。
一人の学費、一つの机、一箱のクレヨン、一冊の教科書がかえる。と。



           毎日乗り倒している彩ちゃんの愛車ピンキーは去年よりだいぶガタがきていた。
7.jpg
それが、はじまり。今回のベトナム行きとこれからの活動のはじまりだった。

どっこにでも絶対にあって、子供達でもできる作業で、道具や機械を極力必要としないなにか。
なんだ?

ありとあらゆるものを考えてゆき、辿り着いたのは
[編み物。それも鍵アミ」

鈎針ヒトツでなんでも編める。そして場所は座るスペースで十分。糸は世界中どこだってある。コストは針と糸だけ。
そこに行き着いたのは良いが、聖子ちゃんも史も編みのはやったことがないズブの初心者である。

しかたがないので二人で本屋さんに行き、「初めての鉤針編み」のような教本を買い最初の一歩目から歩み始める事になった。

週に1,2度我家に集合し、夕飯を作りながらしこしこ網続けているウチに、適当なものは編めるようになってきた。やればできるもんだ。19歳以降、やる事、勉強、努力する事っていったら 料理 しかないバカの一つ覚えでいままでやってきてしまった自分が久しぶりに「新しいこと」に挑戦した。

ヒトリだったら根気のない不器用な史はとっとと投げ出していただろうが、辛抱強い京のおなごと一緒になだめ、すかされなんとかなんとか。。

必要と思われる技法を習得した次は

なにを作るか。

で、またなんがえるかんがえる。
売値の幅を作る為に幾つかの商品を考え、ターゲットはどこらへんか?子供でも練習すれば出来る技術で、シーズンレスで、ベトナムな雰囲気を少し醸し出しながら 日本人がデザインした意味のある良質な、品のアル、、きりが無いほどの条件を満たしたものを作り出すのは思いのほか大変だった。

 自分がスキな感じのヘアーバンド。でも買う人がいない+コストオーバー でボツ。
IMG_0847.jpg
自分が良いと思うもの。欲しいと感じるものをつくるのは簡単だ。ただ本能が赴くままに作って行けばいいのだから。 しかし、より多くの人に買ってもらえる商品を作らねば意味が無い。
継続的に子供達への資金としてお金を作り出さねばならないのだから。

サンプル作りに2ヶ月費やした。

                                ブレイク 初めてお風呂に入った足袋ちゃん
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大体の目処がついてきた2月ごろ、彩ちゃんから連絡が。
「主戦力となる予定だった15~17歳くらいの手先の器用な子達がサイゴンの 工場に送られてしまった。。」オーマイゴット。

ある一定の年齢を過ぎると口減らしと収入を得る為に両親は女の子達を働きに出す。例えそこがどんなに劣悪な環境でも。男尊女卑が色濃く残るベトナムで、貧しいオウチに生まれた女の子達は低賃金長時間の労働をしなければいけばい運命にある。
今回は先に連れて行かれてしまったけれど、今後それをなんとか防ぐためにも、ドネイションのノベルティーだけではなく ちゃんと商品として売れるものを考え出し 作業を教え、フーヒップで彼女達が家族と幸せに暮らしていけるなにか作り出せるようにならなければならない。

先を越されてしまい、彩ちゃん筆頭に我々も大層悔しい思いをしたけれど、そんなところなのだ。これから戦いを挑むところは、。

戦力を失ったHHPの学校に残ったのは、、小学生(いっぱい)と中学生何人か。
そんな彼等に今まで考えてきた商品を作れるのか がっくんと不安で絶望的になったけど、辛い現実に生きることを強いられている子供達の為に 遠い豊な国日本で恵まれた環境の自分達が出来る事 は
 「小さい子でも、ベトナム語で伝える事ができなくても 教えられる、出来るよう成らせる準備すること。」しかなかった。というか、それが自分達の使命だった。

頼りになる助っ人をフエで探してもらい サンプルと作り方の手順を書いたレシピのようなものを作り、たまたまフエへ旅行に行く 和製アンジェラ アキ (荷物を手渡した時に初めてお会いしたんだけれども、何ともアンジェラで、その後3人のなかではそう呼んでいた。)に荷物を託し 自分達が行く前に少しでも編み物に慣れてもらえるように作戦を練った。滞在できる時間が限られているので、なるべく時間を有効に使っていかなくてはならなかった。
                              安い荷造り用みたいな麻紐なら どこでもあるだろうと。。
2.jpg

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                麻だけじゃあんまりだから カラーバリエーション。ブスかわいい狙い
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ベトナムに行く日が刻々と迫ってきて、聖子と史は慢性けつかっちん状態になってきた。

網図の作成。 サンプルのレシピと英訳。 材料は現地調達だけれど、一応参考にするために全ての材料の買い出し。 動画とみまがうばかりにコマ刻みに写した作成の手順の写真。
やる事がどこどこでてきた。
でも、そこまでやっても、何ヶ月も費やし、頭フル回転で色々考慮して考えてきた果てに出来たプロダクトでも、だけど2人とも なにかしっくりこない これで大丈夫なのか?漠然とした不安が残っていた。

、なにか。が足りなかった。 そんな薄らしんわりと感じている最中、彩ちゃんからまたまた衝撃の連絡が。

「ベトナム人のボランティアの子達に手芸屋さんなどでサンプルに近い糸、毛糸をさがしてもらったけれど、ほとんど 無かった。」。。。
日本から支給するには毛糸は日本では高過ぎ、運ぶのもかさ張るので多くはもってゆけない。値段設定は現地調達が基本で換算していたので、日本で材料を買うとなると上がりなど殆ど、無い。といっていい というか商品の値段設定が根底から覆される。 そして、そんな高いものがサクサクとうれるわけがない。お。。、。/。、

どっしりがっかりした状態の最中 聖子ちゃんが京都の実家に1週間くらい帰ることになり、残り数週間でやらなければならないことをふたりで分担し、各自でやるべき事をリストアップして 暫くひとりひとりの作業をすることになった。

一人で少し冷静に頭を冷やしながら淡々と宿題をこなしていた何日目かに、ふと 数々のサンプルを見ているとそのなかで、最後の最後にでてきた リングに刺繍糸。のアイテムが
突然

「私、とても新しいです。かわいいです。コストも安いです。作業も難しくありません。かさ張りません。バリエーションいくらでもつくれます。」としゃべりだした。

びっくりした。 アクセサリー的な何かも欲しいと彩ちゃんが言ってきて、 じゃあじゃあこんなのありか?と聖子ちゃんが編み出した奇跡の一品が終盤突如光り輝きだしたのだ。

ひっくり返して考えれば考えるほど、ぴったりくるアイテムであったのです。

聖子ちゃんが帰ってきて、リングアクセサリーはとても偉いことを相談しようと思っていたら 全く同じ事を京都で思っていたと。誰に見せても評判がよかったと。

ということは。

やった事を無にする勇気。自分たちに必要なのはそれだけ。
リング革命が起こった。

今までやってきたことらは 全部 補欠の保険の予備に格下げ 出発まで残り2週間を切った3月リングのバリエーションをガンガン増やしていった。

毎晩勇輝と聖子ちゃんの旦那さんのトシ君が帰りますコールをしてくるまで(彼等は一緒の会社。一昨年トシ君が京都からFICCに入り、その関係で聖子と史は友達になった。)、アミあみ、急遽サンプルを殆ど作り直さねばならなかったのでちっさいプラスチックのリングに、これまたほっそい刺繍糸であみあみ。 
それまでのプロダクトは 比較的太めの糸で編んでようやく編む っていう作業に慣れてきていたのだけど、、。これは別の次元だった。

元来自分は手先は器用なほうだと、信じて疑わなかったが 違った。
ミクロのものにめっぽう弱い。そしてみーっとなってがあーとなる。

だから、当初は リングものに関しては、細かい作業はお手の物でむしろそういったものを好む聖子ちゃんに投げっ放して、自分はでかいミトンやらなんやらをがしがし編んで ガンガン系は史、ちまりちまり丁寧系は聖子と分担制にしてきてたのだけど、ニットリングが主戦力となった今、 私はできません。 じゃ、話にならない。私は何もしませんから~ と言っている様なものだ。

腹をくくり 挑戦、習得することを目標にかかげ 奮闘したが編み目もぐちゃぐちゃで時間もアホみたいにかかる。むしゃくしゃしている史を聖子菩薩は優しく励まし見守ってくれた。ありがたや。

サンプル作りを聖子多めで分担し、史もなんとかこマシに作れるようになったのは出発1週間まえ。
こんなんが人に教えられるだろうか。。。

           ↓まずは携帯ストラップ。全部で16種類作った。
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↓ピアス。同じ形で20色展開。
EARRING.jpg
↓ブレスレット。他にモノトーンもあり、全5色。
BRACELET.jpg
↓ネックレス。上のブレスと同じ色展開で全5色。
NECKLACE.jpg
↓大小のニットリングを使用、配列も不規則な『ランダム』シリーズのネックレス。
RANDOM BRACE.jpg
↓同じくランダムシリーズのブレスレット。
RANDOM NECK.jpg


怒濤の2週間がばばばっと過ぎ行き、やっと とうとう ベトナムに出発。
我家にはさびしん坊の銀之助とおてんば娘の足袋がいる。2匹の世話を とっても忙しい毎日を送る勇輝にお願いしてオウチをあけるのはとても心が痛んだ。
ギンノが精神的にやられる。→ギンノ体調不良。→勇輝もてんてこまい。→足袋が真似をする。→皆で撃沈。。
の図だけはさけたかった。だからベトナム滞在をぎりぎりおと思われる10日間にしてもらった。

気の利く妻ぶりたくて 出発の当日 勇輝の生活が少しでもましになるように 食材を用意したり冷凍したり オウチの事リスト&猫達の説明書などを書き、掃除などしていたら あっという間に成田行きのバスの時間になってしまい、結局洗濯物を干しっぱなしで家をでることになってしまった。。
なれないことには時間がかかる。 勇輝に少しでもって思いは悪くはないけれど、結局その思いでした色々が 洗濯物たたみ。を増やしてしまったのです。
これを 本末転倒というのか? 

分刻みで家事と戦い あと何分ででなきゃ。っと思っていたけれど 実際いざ出陣!って時にはもうバスの出発時刻の15分前。普段ならちょっと早めにあるけば間に合うじかんだったけれど 荷物が結構重い事が判明。かんがえれば当たり前なんだけど。。

ヤバイ間に合わないかも。バスのチケットは史が買って聖子ちゃんの分も持っている。だから先に行ってて っともいえない。 おまけに完全予約制で乗れなかったらパー。 そしてそのバスに乗れないとフライトもやばい。。 あ~けつかっちん。
タクシーを呼んだらすぐに来てくれる事になったから一安心。で、荷物とゴミを先に運んでおこうと思って 一度下に降りたらもうタクシーが来ていた。

スグ荷物を取りに戻って のりますからーって運転手さんに伝えたら、 なんと鍵を忘れてきたことに気が付いた。
マンションはオートロックでエントランス入るのも鍵がいる。

なんてこんな時に盆ミスをするか自分!腹が立ったけど、兎にも角にも時間が無い。
井上陽水の傘が無い の鍵無しバージョンが頭に鳴り響き 番号を押して事情を説明したら開けてくれる隣人もいない。 近所付き合いのない現代社会を恨んだ。

怒ピンチだ。 どうしようもないので マンションの裏階段の柵をよじのぼり、階段を登り、またヒトツ隔たっている柵をよじのぼった。
タクシーのお兄さんはみていただろう。 あー あそこからあーやって入ればマンション内に入ることができるんだ。 と。 思ったに違いない。
しかし背に腹は変えられぬ。

突如のアクシデントの対応が出来たのは 以前一度 鍵を持たずにゴミ出しか、コンビにに買い物に行き 柵を登って事なきを経無事にオウチに帰った。という経験があったからだ。。(その時は自分を罵り、二度と鍵無しで外にはでないぞ!っと誓ったが今回同じミスをおかしてしまった。)
 
その経験があったからさっと機転をきかし、柵を乗り越えれた。。

失敗は成功の母だ。(成功ってほどのもんじゃないが。。 ギリセーフに持っていけだだけのこった。)そんなアホくさい経験なんてする必要のない事柄だし、 今回はいくら慌ててケツに火がついていようと しちゃいけないミステイクであった。

めずらしくてんぱったせいで 膝を柵に強打。普段ならなきべそをかいて暫らく動かないくらい痛かったが 無視してオウチに戻りばったばたと猫達に行ってきますを告げ タクシーの待つ玄関さきへ。

ギリまにあった。 はあ~。

聖子ちゃんは5分前になっても見えない史の姿を探して心配して迎えに行ってくれていた。
ブーンといったので ウチに向かうお彼女の姿をみることもなく、自分を棚にあげて バス停にいないことを心配した自分が恥ずかしい。

聖子ちゃんには 訳知り顔で、「主婦がオウチをあけるてのは、なかなか大変じゃね~:」
などとのたまったが、それは主婦とかなんとかじゃなくて めんどっちい自分だから起きたものものであった。。2部咲きの桜並木に未練をのこしつつバスにのりこむ。



やるだけ 出来るだけ やった。 あっちで何がどうなるかは わからない。色々大変だったけど出発がいままでやってきたことの始まりになる。
高い飛行機代を使っていくのだから、子供達を1年分賄えるほどの。 向こうでもやるだけやるぞ。


今回のはじまり は とても自分に取って必要な経験だと思った。 
30歳になって、少し刺もとれて、 結婚をして4年目。  自分の得意分野と住む世界や価値観がだんだん無意識に限定されていく「オトナ」の自分が凝り固まってしまうまえに、 心身共に一度自分の限界や思考、固定観念を打ち砕きぶっ壊す。ズルリと段々大きくなって、自分ボケしてしまうのを防ぐ いいきっかけになった。

       
                                                 お留守番ねがいます。

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                                                 ベトナム第一弾。 




いざ 彩ちゃんとBAKUのいるベトナムのフエへ。子供達が待つフーヒップへ。





投稿者 fumi : 21:35

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コメント(2)

boutou no shasin ni yarareta yo!!

と海外からっぽくコメントしたが、普通に日本語打てます。
続きが楽しみ。

史ちゃん、こんにちは。彩ちゃんからフエの飛行場で刺繍リングの携帯ストラップ頂きました。「お、なかなかセンスいいじゃん!」と思ったら、こんな誕生秘話があったんですね。気に入った携帯ストラップがなかなか見つからずに困っていたうちのお姉ちゃんも一目で気に入りましたよ。大切に使いますね!

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