profile

FUMI
半端流離料理人
fumi@you-king.com





彩ちゃん 漠 ベトナム とちょっと勇輝。

2008年4月29日


P1080193.JPG
DSC_0590.JPG

・ママとおばあが滞在していたリゾートホテル。市場や町とのギャップが激しかった。

到着翌日からはほとんど彩ちゃんの日常生活に同伴。 プラス 史の

「兎に角色々な種類のベトナム料理を食べれるだけ食べたい!」

要望を叶えるべく優しきマリア様彩ちゃんは、愛車ピンキー(電動機付自転車)のケツに史を乗っけて町中疾走してくれた。(日本の原付のへぼいやつみたいな感じ。登りはめっぽう弱くその時だけは一生懸命こぐ。)

CIMG0216.jpg

CIMG0235.jpg

CIMG0236.jpg

あの慎重で運動音痴の彩ちゃんが反対車線での逆走は常識、バイク並列運転(2,3、台。しゃべりながら)多数、車ほど嵩張る荷物を荷台に括り付けフラフラと徐行する自転車のおっちゃん、おばちゃんをかわし目的地まで直走る姿は頼もしくもあり また 涙ぐましくもあった。

CIMG0218.JPG

・MSG(味の素)の半端ない使用量に愕然とする。 一杯につき大匙1杯の味の素をいれていた。。。
ベトナムで始終むくんでいて太ったかと思ったら帰ってきてすぐしぼんだからもしかしたら これに反応していたんではないか?と思った。 美味しいから安いし嬉々として毎日屋台で何かを食べていた。

CIMG0240.jpg
・チェ(トウモロコシを煮て、コンデンスミルクと&フルーツミックス)両方ともとても甘い。クラッシュアイスを勝手に足したし飲む。 時間がかかるが暑い国ならではのアイディア。コーヒーも同じく甘濃いを薄めて飲む。

CIMG0232.jpg
・フエ名物「ブン・ボー」 ここのお店はパイナップルが甘みを出していて鳥やらなんやらの味と辛味で美味しかった。海老団子みたいなかけらが入ってる。 オーダーは指で1、とかするだけ。それしかないからとてもシンプル。ハーブと野菜のどんぶりはおかわり自由。イチジクの若いのとかどくだみとかはいっていた。 史は香草、薬草全般だいすきだからたっくさん食べた。
CIMG0260.jpg
・すぽーーん 日本で料理したほうが全然美味いと思ったけどママ、ババ、史で食べつくした。
長時間にてないから良さ、美味さを出してない茹で(蒸し?)すっぽん

もうヒトツ切望したことは、  「市場に行きたい!!」
ということ。市場は朝早くが必須(午後になると品が悪く少なくなってしまうの) いままで彩ちゃんの所に訪れたお客さんの誰一人として行けた事がないという。

しか~し!!史は頑張った。3日レンチャンで朝市に通いました。

P1080277.JPG
・調味料及び香辛料、洗剤・・
P1080283.JPG

P1080287.JPG
・瑞々しい色々のハーブ。べトナムの人は沢山香草類を食べる。

初日・・・呆然とキョロキョロ歩き回る。あれはナンだこれはどう調理するんだ????疑問イッパイで不完全燃焼。ホテルや空港ではなんとか英語は通じるが市場ではまーったく駄目。。住んで1年にもなるのに彩ちゃんに聞いたところでなーんにも分からん。役に立たん。おまけに彩ちゃんの片言ベトナム語は面白いほど通じず(発音がとても難しい。)おばちゃんの眼をギッと見て日本語で喋ったほうがよっぽど楽。

P1080333.JPG
・豚の足の毛を剃りソリするおばちゃん達。

2日目・・・前日カメラを忘れたのでどうしても撮っておきたかったのと、なんとか史の疑問質問を解明するために彩ちゃんは電話して ボランティアでやっている学校の先生をしてくれている英語の話せるベトナム人の女の子&英語は分からないけど、お料理上手なそのこの親友 にお願いして同行してもらった。その日は何処らへんに何があるのか大体分かったし、知らない聞きたい事を覚えていたので冷静かつ迅速に歩き彼女達に質問するが  的を得ず、、、。
史の質問がマニアックだったのと、英語の彼女はあまり料理用語に詳しくなかったのだ。。写真が撮れたのを これ幸い としよう。

P1080300.JPG
・冷やされてなんて まー無い、むき出しの内臓たち。 でも種別にわけてる。ココで買うものが
いっちばん 「新鮮」なのであります。。。

P1080322.JPG
・なんの魚か?



3日目・・・漠と彩ちゃんの友達のイタリア人とばったりレストランで会い、話の流れから「和食パーティーをして!}ということになってしまい、彩ちゃんが次々にお友達を呼んで、結局10人くらいの夕飯(それも和食)を作ることになってしまったのです。 
不慣れな場所で不慣れな食材を使って和食の何ができるかグルグル考え緊張しながら、ドンバでウロウロ買い物をした。
連日足を運んでいて、良かった。 食材の謎は追求しきれなかったけど、馴染み易いものが
どこで、イクラくらいで売られておるか 結構頭にはいっていたから。

その日の夕食にはむりくり和食として

・豚の角煮
・漠のスモークマグロのハーブたっぷりのトマトサラダ (擂りゴママヨドレッシング)
・わかさぎみたいな小魚の醤油とお酒と生姜で軽く下味つけたのをフライ (ライムと七味塩で)
・その日獲れた タイ科のお魚のお刺身(フィードワーク先の漁師さんから買ってきてくれて捌いてひいたのは漠ちゃん)
・蟹の味噌汁(ジャガイモとタマネギと)
・はまぐり御飯

を作った。 外国の人が食べれるよう 中途半端な料理になってしまったが皆美味しく食べてくれた。
その日はオランダ、フィリピン、ドイツ、イタリア、人だったっけ?友達が色々外国だから誰が何処の国だったかいまいち覚えていない。。
ただ、ドイツ人だったと思うビールっパラのおっちゃんの話が面白くなくてイマイチ盛り上がらない宴となった。

漠がお魚をやってくれたし、ママは揚場主任をしてくれた。
彩ちゃんは買出し隊長の葉っぱ処理担当。史が、ってよか 皆で作ったという感じでした。

彩ちゃんの漠ちゃんはなんでもできる。お掃除なんてプロだし料理も本格派。
オウチで料理をしていて色んな良い道具が揃っていて あやし~な彩ちゃんがこんなもの持ってるはずが無い!って思い聞いたら

やっぱり 漠のお嫁入り?道具持参だった。
有次のゆきひらや使い込んだワック、オタマ、包丁など、、、

そんな男の人今まであったことない。お料理方法でも、魚でも野菜でも、、なんでも教えてくれる。(張り合ったって勝てっこなさそうだから、負けん気でみえっぱりな史は伴侶には絶対なれないけどね。)料理のこだわりと思いが通じて話していて楽しかった。

彩ちゃんが結婚したい相手として我が家に連れてきてからあれよあれよという間に結婚して旦那様になってしまってベトナムにいってしまっていたが、彼の凄さは時間を経るごとに明らかになってゆく。

だいたい今日日自分でベーコンを作る人間がいるとは。。
お料理好きな史は昔アメリカで料理の学校に通っていた時にシェフと燻製ものの研究のために色々薫じてきた経験はあるけど 普通じゃあない。 料理に従事している職でもないのになんだって、、

と思っていたら、彼のフィードワークで活用しているみたいだったからまだ納得。

でもオウチで自家製の燻製魚やらベーコンやら食べれるのはしごく幸せなことと思った。

主婦であるはずの彩ちゃん全くもって食には興味を持たず、漠がバルコニーでルッコラの苗分けをやっているのも、なにをやっているのか把握していない模様。。
「普通はそういうのは奥さんがさ~」

って考えだって出てくるがはっきり言って無意味なのだ。ナンセンスだ。普通ってなあんだ?。

日本では当たり前のことは外国にいったら全然通用しないし。

だからふつうはさ。っていう枠組みは本当は必要ないものなのかもしれない。 得意の人が得意のものをやればいいいーのだ。

閉館休題。

だがしかし。問題もある。

パーティーの次の日の朝 漠が彩ちゃんに
「魚くさいから食器を全部洗いおなおしておいてね」

て言い放ってブーンと出勤してしまい、彩ちゃんが悲しい困った面倒な顔をして
「漠チンにそういわれちゃったの~。」

って。おどろいた。史はそんなこと言われたことないしね。でもしかたない。そうか。。昨日の晩食器を洗ったのは史だ。

でも素直に全部洗い直すのはしゃくだ。 

見て見たら、酔いながら洗ったからグラスに角煮の脂が残ってたりして。それだけを取り出して洗いなおした。

くさいのは食器からじゃない!昨日の買ってきたお魚の鱗がそこらじゅうに飛び散ったから臭いのだ!と思い

台所のシンクまわりとオウチのリビングくらいあるひろい床を(タイル)はいて、洗剤ぶちまけてデッキブラシでごしごしして、水でバシャバシャ流し モップでふきとり、朝っぱらから大掃除大会になった。
こんな大掃除になるんだったら、食器を全部洗いなおしたほうがよっぽどか楽珍だった。

天邪鬼の史め。余計な体力を使ってしまった。汗もぶーブーかいた。


でも、食器は洗わず!!  (笑)これはネタばれだ。漠が読んだら怒るかな?


食器はきれいに並びかえ、「洗い直した風」V(・=・)V

でもってアルコールスプレーかけまくった。(消臭滅菌作用)

騙されるか?獏? って。 ソノアトの話は聞いていない。 どうだったんだろう。?。

そうとうな綺麗好きで彩ちゃんも大変なこともあるんだなと思った。
史は彩ちゃんよか掃除はしてそうけど、何でも「言われる」のが苦手だから腹たってむかむかして喧嘩でもしちゃう気がする。
{どんなわけでも史は漠が大好きだ。 天然で抜けてる、愛溢る彩ちゃんの旦那さん。新しく「お兄ちゃん」という存在は嬉しくくすぐったい。(それに加え勇輝と結婚して弟もできちゃった。)こんな嬉しい事はなかなかない。結婚は楽しき。}


実際魚のこと、野菜のこと、料理のこと、市場のこと、国際的なベトナムのこと歴史のこと・・・
なんでも専門分野で質問すると詳しく誠実に説明してくれたことはとても嬉しかった。
漠のお仕事。国連で働いてる。
貧困であえいでいる地域に住む人々が、収穫採集した食材をいかに効率よく市場に流せるか。
衛生面の教育、新しい保存食、商品の開発の援助育成、、他もっと色々してるんだろな。

ベトナム人よかベトナムをそのままをみて、向上するための方法を常に模索してきている様にみえた彩ちゃんは素敵な人と家族になった。

物価は激安だし、そりゃお掃除をお願いしようとしたら何百円でできる。エステに気軽に行ける、とか金銭的には天国のような環境だけど、1週間ベトナムの彼等のオウチにお世話になって多大なストレスがそこにあることを垣間見た。欲しいものが手に入らない不自由、社会主義の国のヘンな規制と規則 残留農薬、不衛生な食環境 貧困 格差、。

良い一面をふわっとみただけでは知りようも得ない理不尽な、日本ではまず出会う事の無いカオスがそこにあった。。

誰でもできる生活じゃない。

彩ちゃんは小学校、中学に行けない子達が住む居住地に特別学級をもうけ、そこで語学の勉強を教える手伝いをボランティアでしている。

P1050139.JPG

P1050143.JPG

P1050181.JPG
市場でゴミ拾って学費の足しにして、ある中の親にその生活費を渡さなきゃならない子供達が沢山いる。
親が子供の面倒を見ず、小さい男の子がお腹をこわして泣いている妹の手を引いている悲しい子の姿を見て その夜は漠にオンオン泣いて話したといっていた。史もその後電話で聞き、耐え切れず泣いてしまった。

理不尽な悲しみを食べてきている子供達が教室に来て、意味も無くぐずり反抗したら彩ちゃんは優しく叱る。可哀想だとは思っても、「教室や学校の規則を守れるようになる」
という教育は子供達にとってとても必要なのだという。

頑張れ!というのはつらい。だってそうゆう環境に置かれているのは彼等自身のせいではないから。周りが助けて解決できる問題など僅かだ。

だからだけど彩ちゃんは自分がそこで出来る事を一生懸命やっている。
無報酬でもなんでも。似合わない電気自転車で排気ガスのなかを走り回り(日焼け防止の黄色いジャッケはいただけない。
CIMG0256.JPG
排気ガスのせいか風邪をこじらせたのか、ずーっと咳をしていて心配になった。ちゃんとした病院のお医者さんにかかることも難しいのだろうか。。)
子供達の写真をとり、その子達の学費を捻出するために、何を作らせたら良いのか模索するその日々。必死にその子達の為に動いていた。 やりきれなさを日々かかえつつ、でも毎日学校に通い、雑用も、先生も、子供の涙もぬぐう強さをもつ彩ちゃんを史は誇りに思った。史だったら辛くて悲しすぎるって理由で見ていたくないとかで関われなくなるかもしれない。

だから、家事は不得意でも、空回りしいで無駄が多くみえても、御飯を作るのに時間がかかってもお魚の鱗がとれなくとも、関係ないや思う。ここまでに至るまでの最初の1年は想像できないほど大変だったんだろうなーとしみじみした。逞しくなったね彩ちゃん。(その夫である漠はすぐ凹みがちな彼女のフォローがタイヘンダったろうなって思った。)


ずっと停滞した日々を過ごしていた史の心をリフレッシュしてくれたベトナム旅行はとても意味のあるものだったとと思う。

「旅行楽しんで行って来ておいで。」と心良く送り出してくれた勇輝にありがとう。



(でも 実際は史が出発する前日、会社の飲み会があり、終電をのがし酔っ払い沢山の忘れ物をして会社の人と喧嘩?をして、どこかに指を強打して血だらけになって・・・
って夜中の3時にロレロレで電話してきて、会社に寝に行くといっていた。

詳しくは見てないから分からないけど、ひどい話で腹がたって寝れなくなりお風呂にはいった。史はむしゃくしゃするとお風呂に逃避する。。
オウチを1週間以上空ける史が朝5:30に出るのに 勿論帰ってくることもなく、史はまだ薄暗い明け方、置手紙を書き、銀之助にしばしのお別れをして寂しくトボトボとオウチを出た。。あんまりだ。


ねぼけてても いってらしゃい。いってきます。よろしくね。 などちょっとした会話をしてハグでもして旅行にでかけたかった。

空港に着く頃、彼は会社で眼を覚まし、記憶を辿って謝っていたから もう史がプリプリしててもしょうがないし 諦めて笑った。

ここ!って大切なトコで「がっかり上手」な勇輝にがっかりしたけど、おかげでなんの気兼ねもなく
楽しめちゃったとも思った。最後の方は帰りたい気持ちを自然に思えたしオウチに帰ってきた時も勇輝は寝てたけど、ギンノは起きてきて尻尾をぶぅってふくらましたけど、嬉しくってすぐ隣に寝た。ギンノがお布団の中に入ってきて幸せを感じた。)



ありがと彩ちゃんと漠+ベトナムで友達になった心通じる人々+パパママバアチャン+チイチャイ仔猫+ベトナムの力

勇輝とギンノお留守番、ご苦労様でした。


帰って来たら、 桜が満開だった。

CIMG0272.JPG






















史とおばあとベトナム。

2008年4月 5日

ve10.jpg

ve1.jpg

  ベトナムの国花。 あらゆるところに咲いていた。
  ダナンから車で30分 その日「市」に昇格した ホイ・アン

先月末8日間、彩ちゃんと漠ちゃんが住むベトナムのフエに遊びに行ってきた。
初めて行きます ベトナム。
ベトナム料理を探求の旅だ。 はなから観光廻りには興味がナッシング。胃袋と大腸よ、がんばれ。

日本から、フエへ行きたいおばあちゃん。だけどひとりじゃ不安 サポートに換わり航空運賃を出してもらう史 連れて行ってもらう同士。

旅といえばトラブルがつきもの。 ましてや「史があるけば棒にあたる」

という諺があるように生粋のトラブルメーカーなので、仕組んだのは周りなのに終始不安げ。。

彩ちゃんは小学1年生が一人で大旅行できるように、、くらい細かく丁寧でわかりやすい「道しるべ」をメールでながあーい説明文章を送ってくるし、勇輝は下痢止めストッパを絶対買っていきなさい と 前日まで薬局に行かなかった史をせかすし、ママやパパは「携帯をもたせたほうが良いのでは・・」

などとバカなことを言う。

完全になめられている。ここでガツンと挽回しなければ。 にしたってミンナは史を誰だと思っているのだ?海外ヒトリ旅経験有り、アメリカで暮らすこと3年くらい、飛行機は酔うけどおてのもの。英語だって
うすっぺラペラだ。 

「せっかち80バアサン」と「気難しい史」(おばあちゃんはそう思っている。ママは史のことを癇性だといふ。)の珍旅行は成田8時集合で幕を開け、サイゴンからフエへの国内線のトランジットで多少のアクシデントはあったものの無事半日かけてフエへたどり着いた。
お迎えに漠とパパがきていてその姿が眼に入ったときは安堵でかるく潤んだ。

ve8.jpg
  お迎えのパパが撮った疲労度MAXの史。としゃんとしたばあ様。

ママとパパは1週間前からべトナムに来ていて、史たちとパパは1日だけ一緒のすれ違いでパパは帰国。
(先日まで史が実家に通い愛猫べべちゃんと数時間過ごしていたがお留守番は限界。可哀想なちいちゃいかわいいべべちゃんはその飼い主に振り回される。 以前ミクシィでデブ猫と書いたが撤回し謝罪しよう。 うちのバカチン銀之助が1歳にして遥かにデブ猫、デカ猫になってしまったからである。ちなみに。銀之助いっちゃい。は初めて史が居ない1週間を勇輝と過ごす。勇輝は不安を隠せない。なにせ彼の布団にびた一文寝ようとしない頑なな姿勢を1年間たもってきたから。。仲良しにしてね、。と双方に諭す。。)

ママパパでホテルに滞在していたのを、パパが抜けてメンバースイッチ。という事になり史がオババとゴージャスホテルに泊るのは到着した日のみであとはママがホテルへ。史は漠と彩ちゃんの御宅にお世話になったのです。 
これは良かった。史はなるたけずっと彩ちゃんと遊びたかったし、素敵なホテルにはそこまで興味ないし、オバアの早朝(AM3:00頃から)爆音TVに悩ませられないですむから。
ママはもっとオババのプロだし(親だし、付き合いはそりゃ長い)、平気だといっていた。後で聞けば「早朝TV絶対禁止令」を早々に告知したらしい。

着いた日の夜は漠ちゃん彩ちゃんの友達4人(タイ、オランダ、アメリカ、ベトナム)を招待して総勢9名で「和食パーティー」が開催された。 おばあちゃんは長時間信用ならない末孫娘との長旅でお疲れらしく、参加しないでホテルで寝てタイと、おっしゃった。

かわいそうにと思ったのもつかの間、部屋に着くや否やガバッと荷物を開け広げ化粧をし直し、お洋服を着替え品の良い老女に変身、サクサクとレストランに向かっていった。。
我々チームでナンバーワンの胴回り、体重、食欲の持ち主。心配はご無用ってところ。

「なーんでも自分で出来ますから~」 。。。

(上はユバアバの格言。 以降史達もベトナムの混沌にまみれて挫けそうになった時はいつも

「なーんでも自分でできますから~」
を復唱し、自力で状況改善につとめた。へこみそうなときも元気がでるから不思議。 家訓としよう。)

そんなわけで そのベトナム第一日目は、ママちゃんが大半のお料理を作りワイワイゴクゴクと汗かきながら更けたのです。

大いに呑み酔っ払い彩ちゃんの自転車蛇行運転でホテルまで送ってもらい、着いたらパジャマを忘れたのに気づき、パンツで寝てしまった。

朝方、ゴソゴソと音がするので起きたら
「アンタはいつもそうゆう格好で寝てるのか? 史はなんでも似合っていいねー」

とおっしゃる。、 今日だけ、たまたまなんだ。と急いでズボンをはいたが
「そのまんまで良いよ~」
って。金色のパンツをはいていたことを悔やむが、とてもリベラルな祖母で良かった。 ヘンなひとだ。

なんか拍子抜けして眼が覚めてしまった。。

ve9.jpg
  彩ちゃんのオウチからの景色。

ばあ様は実は妖怪である。ということは以前にも書いたが、、、

・行きのフライトで日本の新聞5紙ほど(スポニチまで入っていた。。)すみずみまできっちり読破。
・ベトナム滞在中、2冊の英語ペーパーバックを読破。
・社会科の先生になればいいのに と思うほど徹底的な歴史やら国やら地理やらの知識。
・81歳にして携帯、PCのメールをじゃんじゃん活用(乱用)、アルバムを処理するため暇を見つけてはスキャン してHDDに落とし終わった写真はなんの躊躇いもなくお役目御免とばっさり捨てる。
・体調の良し悪しに関わらず、いつも食欲全快。(ハワイ滞在中牛を1頭食べたという伝説がある。)
・普段は足が痛いので比較的ゆっくり歩くが、飛行場のカートを押したら人間チーターか?と窺うほどの 速さで突き進む。 例え荷物の総重量60kgだとしても。。。(体重がかけられて楽らしい。しかし速い)
・定時制の高校生である。(周りはほとんど本物らしいからその異様さといったら想像するのも憚られる)
・英語の勉強すること半世紀、ダビンチ・コードもスラスラと英語で読まれるが、しゃべるとなるとエックスキューズミーも噛む。(本人曰くしゃべれないのではなくシャベラナイ。だけらしい。)だから要望欲望は人一倍でも海外では無理難題を解決する通訳が必要。人身御供は(スポンサーは絶対&老人愛護?)骨のズイまでしゃぶられ帰国時にはミイラとなる。。

箇条書きにしてもあげてゆけば切がない。 
スーパー祖母ちゃんの末孫娘はいつもエネルギーを吸い取られくちゃんくちゃんになる。

ベトナムの話をと思っていたのに、ユキ御祖母さまとのことでこんなに書いてしまった。
とにかく凄まじいキャラなので、 日本からベトナムのフエまで2人で行けたことが奇蹟的であり、大層な大仕事をやってのけた!でかした史。とベトナム初日の夜達成感に満たされた。

勤勉で好奇心旺盛なばあさま、ある日の午後何を真剣に書いているのかと思って見てみたら、、、
ve5.jpg

ve3.jpg

ガイドブックに乗っている説明写真付の料理紹介欄のなかで自分が食べたい料理をベトナム語と日本語でしっかりメモ。

ガイドさん彩ちゃんは終始そのメモを握り締めレストランを廻り、最終日までに「魚鍋」以外は全て完食いたした。

もう、お腹イッパイだとは思うが、昼ごはん「ラストランチですよ~」とミンナでたらふく食べたのにも関わらず、彼女はフエの飛行場で
「最後にもう一度フォーを食べたい。 しかし洋子(史ママ)におこっられるからちょいとアンタ頼んでくれないか?」
といわれ こっそり隠れ食いをする婆様に同伴オーダー。 その時史の腹は満腹であった。

でてきたのはカップラーメンのフォー、、、

しかして当然全部食べ

「美味しかったからチェックしてお土産に買うといいよ。」
とアドバイスを賜られた。

あっぱれ。
 大喰いは似なかったが、食への探究心はババサマゆずりかもしれん。

v12.jpg

  三代

撮って貰うやいなやその場でチェック
「いやだね~おばあちゃんが大きく見えるよ、史の倍だ。反対側からとってもらえ~」

と。

いやいや実際の話おおきいんですけど。 と言っても聞かなかった・・・
面倒である。それに史は写真が好きではない。

ホテルマンに再度お願いし

「ほらごらん!」

ハイハイ。どうでもいいや。

v13.jpg

  「気難しい史」byママ


この後、本番のベトナム料理や彩ちゃんと漠の事についても書いたが、話は飛び火し長くなりすぎたので 急遽タイトルを変更し後日アップすることにした。

またすぐ。

ve7.jpg

投稿者 youking : 13:52 | コメント (2) | トラックバック

転ばぬ先の杖 のつもりの生春巻きが本末転倒。

2007年6月 3日

namaharumaki.jpg


さっきズボラなハエを見ていた。

あヤツは翅があるにも関わらず床で「ジー」としてる。 洗濯物を床で足を広げて(ストレッチを兼ねて)のばしてる史もずぼらだが、そのほんの10cmとなりで「ぼけー」っとしている。

あんまりにも見ていてふがいなかったのでつぶさないように床をパンッておどしたら

「ぴょん」

ってはねただけ。

いらっとする。

翅があるハエは自分の生命の危機に気づいていないのか?

また「ボケー」ってしてるので

なんかやる気がしなくなった。

ガンジーもまっざおな無抵抗っぷり。

ぶんぶん飛び回って五月蝿い蝿には殺気と闘志を燃やすがアンチテーゼの哲学バエに負けた。

もうムシして洗濯物を干して戻ってみたら

まだいた。

腰が抜けそうになった。


ちがう。


史はお料理の、生春巻きの話しを書くつもりでPCをたちあげたのに、ハナカラ撹乱されてしまった。


生春巻き。

大好物であり、ちょっと自信がある。

ので、アルる日友達の朋愛ちゃんが次の日お昼ごろ遊びに来てくれる約束をしたので、
お昼会社にいって食べられない勇輝に食べさせてあげよう。

と夕飯だけど作ることにした。

あと、簡単そうで、意外にちまちまと地味に手間がかかるので 材料を前もって下準備しておけば次の日らくちんだと思ったのです。

 

そしたら次の日具合が悪くなって、約束をキャンセルしてしまった。


そんなわけで、タイトルです。


でも明後日再び約束をしたから、今度はしっかり元気に生春巻きランチで朋愛ちゃんとちびちゃんを迎えるつもりでいます。

材料

生春巻きの皮(でかいほう)
海老
鶏肉(モモ)
パプリカ
ねぎ(白髪)
青じそ(千切り)
もやし(さっと茹でる)
香菜
ミント
レタス

「具の具」

春雨(さっと茹でる)
椎茸(乾燥もどす)
干し海老(乾燥もどす)
ひき肉(適量)
生姜(千切り)
オイスターソース

これはかなり気合が入ったバージョンの生春巻き。 すっごく簡単な、「べトナム料理屋さんの適当なランチの適当な生春巻きとは分けが違う。

食べ応えがあっって主食になります。


本場でもなんでもないんだけど、こっちのほうが美味しい。ポイントは具の具でしょう。
チャプチェの味が薄い を作る感じで炒めてさます。椎茸と乾燥海老の旨みが前に後ろに生春巻きのうまさをサポート。

鶏肉は鶏がらスープでゆでて(15分くらいかな)そのまま鍋ごと冷ます。というか放置プレーです。
常温でさましてスープの中にいれておくと固くならなくてジューシーにできあがります。

海老は背わたをとって茹でて半分にきる。

食べる前に皮をぬるま湯でもどしてフキンに置き、いろんな具材をちょこちょこ片っ端から詰め込んでくるりと巻いたら

はい!できあがり~

あとはタレ。市販の「スイートチリソース」
ともう一種。

材料
ピーナッツバター        
ナンプラー(又はニョクナム) 
お砂糖   
醤油
お水

これらを 調度良いね~って思う配合で混ぜるととっても生春巻きに似合ったちょっとコクがあるソースに仕上がります。
割り合いはいつも味見しながら適当に混ぜて作ってるので今はちょっと分かりません。
が、明後日また作るので、そのときしらべておきます。すいませんね、いつも。          

この日の夕飯は作りすぎて勇輝はゴハンをよそったもののゴハンを残してしまいました。

ひとりで作業すると結構時間がかかってしまいますけど、パーティーで皆で流れ作業でやるとすぐ出来ちゃうし楽しいのでお勧めします。

実際、無類のパーティー好きのパパママが開く実家のパーティーでよく作らされます。いや、作らせていただいてます。

がつんと生春巻き体験をしたいかた、作ってみてみてね。

投稿者 youking : 11:00 | コメント (0) | トラックバック