たまプラーザでプラプラ。カズーと生ライブ。
2008年1月26日

楽しい土曜日ですた。
いつも平日遅くまで仕事をしている勇輝は土曜日はノンストップで日が暮れるまで寝続けるので、だいたい夕方からの行動となるのだけれど、今日はめずらしく目覚めが良く1時にはおきてきたので一日遊んだのです。
2人で色々遊んできたつもりだったけど、意外とやっていなかったらしい「ボーリング大会」。
過去の栄光を誇張しいしいボーリング場へテクテクと歩く。
今までの最高スコアを言い合って「あら、そんなに?そういえばアタクシも以前は~」
などとレーンに入り始めたものの、、
「感覚がおもいだせない。」
だとか
「左利き用のボールが置いていない・・」(ふたりともサウスポー)
だとか
「調子がわるい」
だとか。。
結果は散々で集中力もとぎれ、3ゲーム半ばには精根尽き果て、隣のプロはだしの爺さん共に圧倒され
そそくさと退散。(隣の一番うまいマイボール&手のカシャッってするサイボーグみたいの装備している白髪のじい様から、途中レクチャーを受ける。なんでもボールを投げるタイミングが早すぎるらしい。。)
勇輝は100をウロチョロ・・「ぎり100越え」をなんとか意地で維持。「上手い」は虚勢であることは判明したが、史より上手だったから安心。
史は思ったよりはヘタクソだった。
全盛期は150くらいだった気がしたが(多分過去は良いように塗り替えられているんだろう。)
最後のゲームでやっとこ97。
やってやった感は味わえず、残ったのは左手のなんとも形容しがたいダルオモさが残っただけだった。
なんか、投げたのがガーターとかで、ふりかえり席へかえって行くときの罰の悪さが好きになれない。
そして、ストライクとかスペアとか取った後も、なんか恥ずかしいような気まずい気分になる。
第一、投げた後のボールを見送っている自分もなんだか取りとめもなく落ち着かない。。。
そう。 今日わかった。
史はそんなにボーリングってものがすきじゃないみたい。
別に嫌いってわけじゃないんだけど、素面でイイェーイとかハイタッチできない。
テンションの揚がり方が微妙なので。
まあそんなわけで、でもそれなりに楽しかった。
その後勇輝がカイジをやって勝ったので外で夕飯をご馳走してくれました。
行ったお店はたまプラーザの駅から5分くらいあるった「マルディ・グラ」というアメリカンスタイルのお店。
店の看板にFUROMIZU WONDERS ライブ
って書いてあったけど、「ふ~ん。誰?」
と思っただけでした。その時はね。
・フィッシュ&チップス
・メキシカンサラダ
・海老のプリマヨ焼き
をオーダー。
ドリンクは
ビールでスタートのブラッディーマリーとアマレットソーダ。
1時間も経たないうちに演奏が始まったらトテモよくてびっくりしました。
ボーリングの件でもわかるように、史はなにがなんでも乗ったり、いい気分に浸るのが元来ヘタクソなもので、チョット間違うと演奏を聞いていて寒気が体中ザンザンはしっちゃって感動できない。
とか MCのおしゃべりに上手く笑えずつまんない。って思っちゃったりするいや~なタイプなのですが
今日は心地よく体も動き、心も開き、あ~感動しました。ニューオリンズ ROOT音楽。
日本語の歌詞であぶなく「あーさむいなんだかやりずらい・・」になりかけましたが、シャッターをこじ開けて。
お兄さんとおじさんの間っこみたいな3人がキーボード(電子ピアノ?)とギターとハーモニカで演奏して、歌っていたのだけれどとても上手くて
ハーモニカのおにいさんは腰にガンホルダーみたいのに10本くらい色々なハーモニカを挿しカッコイイ、曲ごとに変えたり、カズーっていう初めて見る楽しそうなブーコラいう楽器の演奏も素敵で聞きほれました。
{カズー(Kazoo)は膜鳴楽器の一種。バズーカとも言う。元はアフリカの楽器で、黒人奴隷によってアメリカにもたらされた。
真鍮(あるいはプラスチック)製の管の一部に羊皮紙(現在はビニールで代用している)を張り、口に咥えて声を発し、振動させて演奏する。 ラッパ型や潜水艦型(クジラ型と呼ぶものもいる)などの形があり、約500円程度の安価で買えるなど、非常に玩具的要素の強い楽器である。日本の駄菓子屋や野球場などでも、より簡易なものが「ブーテキ」の名前で販売されている。} ウィキペディア参照
話はそれるが、
我が家はガラクタ楽器の宝庫。
結婚するまでその共通点は知らなかったのだけど、2人とも笛とか、民族楽器に眼が無く
引越し荷物をほどいて2人のダンボールからワラワラワラワラと笛やらオカリナやらなんやらかんやらそっくりなものが出てきて 笑ってしまった。まさか同じ人間が存在したとはね、そして結婚するかね。
尚笑えるのが、2人とも根性無しで沢山の楽器を持っているのに何一つとしてマスターしていない。
「ちょっとメロディー?」
「音がでる!」
といった程度から頭角をあらわしていない。
そのガラクタ楽器の数推定20は下らない。
ギターなんで3本もある。 のにコードを覚え、練習という地味な努力が出来ない。すぐ飽きる。気がチリチリ舞い。
おぅ。。そういえば・・・
「史は本格的なハーモニカを1本もっている。」
と思い出し演奏の合間にレストランで勇輝に白状したところ
「おれも1本・・・」
なんてこった。吹いているのも触っているのもみたことがない。
2人とも出会うより遥か昔、何の知識もなく勢いで購入。
コードがあるなんて知らなかった。
吹いたらヘンな音階と音程で自分達が思うような演奏ができず 腑に落ちないママ追求もせず ハイお蔵入り。。。
と同じことをしていた。
つくずくあきれてしまう。
まったくもって根性がない。
でも今日の演奏を聴いて、また「楽器を格好良く演奏したい熱」
に罹ってしまったので、明日ガラクタ入れから二人、ハーモニカを引っ張り出してちょっと磨いてみたりブコブコと吹いてもみたり、爪をパチリパチリと切り、ギターのチューニングをするだろう。
素敵な人たちの良い顔の気持ち良い演奏を聴き、感化されて自分もやる気になったり、心洗われてなんだかワクワクしてしまったり。。 っていうのは本当に気持ちが良いことで どこでもなんでも観て聞いて触って感じて生きて
自分の中に養分を吸収していけたら、自分も少しずつ育ってゆける 気がする。
勇輝は優しいからCDを買ってあげていた。自分も歌っていたからスゴイ気持ちがはいるんだろう、隣にいても伝わってくるくらいビンビンと楽しんでいた。きっと史がこわばらずに素直に聞けたのは隣に勇輝が開放的な心でいてくれていたせいかもしれない。
気持ちは伝わる。 とてもワクワクした時間をありがとう。 レストランにも風呂水さんにも勇輝にも。
帰ってきて、並んでブログを更新、カズーを楽天で3本買った。
あれは簡単に演奏できそうだから、届いたら2ピーシーズでブウコラやるつもりだ。
-追記-
帰って熱が冷める間もなくPC並べて机に向かい、競うようにブログを書いて
は~書けた~ってお互いの読んで見たらあらあら。
若干の差異はあるものの流れや、オチまで一緒。
(「史はウィキから引っ張っている分、長くみえてズルイ。」
っていわれたけど、長さを張り合う気はサラサラ無い。
短く簡潔にできたほうが優れてると思うし、ご存知のように史の文章は長すぎて、自分自身辟易してるというかもてあそんでいるから。 それに今日は一緒に書いていて勇輝がトットト終わらせたからかなり焦ってはしょって書いてこの長さなんだから。。)
そりゃ、1日一緒にいてオンナシことをして同じモノを見て、ベラベラ話し合っていた後に書いたのだから
似たり寄ったりになるのは当たり前のことだ。
しかし、一緒にいてとても近い事を感じれているというのは「夫婦だから当たり前」が当たり前ではなく、やっぱりとても好い大切に感じていきたいことなんだろうな。 と思った。 なんとなく。